昼下がりの話




「日差し強いなー」

「もう夏本番だね」

まぶしい長屋の外から翳った本へと目を戻す。
三郎が視界の端っこで仰向けになる。

「でも長屋は一年中風通しが良くて快適だな」

「うん。風鈴もいい音鳴らしてる」


チリーン チリーン


「明日は何か試験あったっけ」

「んー、明日はないな。明後日は確かあるよ」

そうかー最近試験多いよなーこの天気だとできることもできなくなるってホントに…

ちょっとしたグチをこぼす三郎を「まぁまぁ」となだめる。
いつもそつなくこなしてるけど、三郎も疲れてるんだろうな。

それからはだいたい、風のにおいと、風鈴の音と、三郎の鼻唄。
部屋がいつもよりも広い気がする。耳で感じる空間。
笹が細かく揺れる。



第一章が終わった。存外早く読めた。
後ろに手をついてあくびをすると、やっぱり外はまぶしかった。

そういえば鼻唄が聞こえない。
横を見ると、それは寝息に変わっていた。

「三郎…?」

部屋と廊下にちょうど上下半分ずつ寝転んでいる。
それにしてもよく眠ってる。

…あ。
このまま廊下にはみ出てたら通る人のじゃまになってしまうな。
かといって珍しくこんな風に寝てる三郎を起こすのも気が引ける。

ああああどうしよう・・・


不意に廊下のほうから声がかかった。

「「雷蔵先輩、こんにちはー」」

「あ、やあ。乱太郎にしんべヱ」

「あれ?鉢屋先輩…寝ちゃってるんですか?」

「わあ〜、僕鉢屋先輩が寝てるの初めて見た〜」

「ああ、そうなんだが・・・」

三郎と廊下を交互に見ていると、乱太郎が「あ!」と声をあげた。

「先輩、ちょっとだけ待っててください。しんべヱ、ちょっと…」

二人はもと来た道を戻っていってしまった。
どうしたんだろう?


少ししてから、二人はバラバラの大きさの板を何枚か手にして現れた。

「どうかしたのかい?その板は・・?」

「これで大丈夫ですよ、雷蔵先輩!」

そう言って二人とも、三郎の足の両側で板を組み立て始める。どうやら札のようだ。
覘き込むと、お世辞にも上手いとは言えない字で「つうこうちゅうい」とあった。

「用具委員長の食満留三郎先輩がアヒルさんボートを修理していて、要らない板が何枚か出たようだったので」

「それを貰って、つうこうちゅういの札にしようってことになったんです」

呆気に取られるとはまさにこのことだろうと思った。
一年は組らしいというかなんというか。
つい顔が緩んでしまう。

「もー、通行注意くらい漢字で書きなよしんべヱー」「えーだってー」

「・・ふふっ、乱太郎、しんべヱ、ありがとう」



二人が帰り、再び本を手に取る。
笹は相変わらず風の思うままだが、少し影が増えた気がする。
陽の存在感は健在だ。

チリーン チリーン

時折廊下を通る同級生に、なんだこの札?と指差しながら聞かれる。
一年は組の子が作ってくれたんだ、と返すと、
お前らって一年と仲いいのなー、と珍しそうに言って去っていく。

先ほどの会話を噛み締めながら、私は聞いているはずもない横の奴に話し掛けていた。

「こんなふうに私たちを慕ってくれる後輩がいるのは、幸せなものだな、三郎」

ちょうど寝返りを打つ瞬間。
三郎の口許が緩んだように見えたのは、ただの見間違いだったのだろう。
第二章が一頁も進んでいないことに気付き、私は再び本に目を戻した。