いけ好かない野郎だとはよく思う。よく思うほうが多い。
だが―――



茜雲



「思ったよりひどいか…?」

紅色に侵されつつある布を見て呟く。
応急処置は施したが、親指の血は完全には止まっていないようだ。

「帰ったら伊作のところへ行けよ」

着く頃には保健室はもう閉まってるだろうからな。

「言われなくとも分かっとるわ、バカタレ」

バカタレはどっちだと、斜め前を歩くバカタレを一瞥し、
その上に広がる空を見上げる。
先ほど布を染めていたものよりも沈んだ赤。雲を染める茜色。


巻物を奪うだけの、なんてことの無い任務だった。
一つ違ったのは、いつもよりも手練の忍者が雇われていたこと。
前を行く文次郎に一つの影が迫った。同時に私の背後にも一人気配を現す。
梁の上でそれぞれが攻防戦を繰り広げる。

私が相手の鳩尾を突き、気絶させたときだった。
片膝をついて蹲る文次郎に敵が飛び掛かろうとしている光景が目に入る。
その瞬間、ヒヤッと、背中から後頭部にかけ凍りつくような感覚に陥った。
攻撃させまいと、私は無心に苦無を投げつけた。
その反動で、当人はその状況から抜け出すことができたが、威嚇のつもりで投げた苦無は敵の右足に埋まっていた。

蹲っていた理由が、梁から梁へ飛び移る際に失敗して親指の爪が剥がれたことだと知り、紛らわしい怪我をするな!と一喝したい衝動に駆られたが、 覆うものが無くなり赤い滴が垂れるだけの指を目にし、気付けば持っていた手拭を引き裂いていた。



視線を地上に戻す。
先刻よりも深く染まる右手の布が前をチラつく。

あの忍は、もっと血を流したのだろうな。
不本意だが、攻撃してしまった。仕方がなかったのだ。

懐から巻物を取り出す。
これが無ければ、今日の出来事はすべて起こり得なかったものだろうに。
こんなただの紙ごときに、なぜ。

「文次郎、争いとは醜いものだな」

「こんなただの物のために、人は人を傷つける」

「むしろ、この巻物などはもう関係なく、人の血を見るために、争うのだろうか」

「人を傷つけ、血を流す、それ自体が目的なのか?物はただの言い訳のために表に出ているだけで、本当は」


「考えても仕方ないだろ」


違う声が遮る。
今までの言葉は自分のものだったのか。
私はただ前を、血で染まる布を見ていただけなのに。

「知ってしまったら、見て見ぬ振りはもうできない」

「忍でいる限り、これは変わらないことだ。誰かがやらなくてはいけない」

分かっている。
分かっているのだ、そんなことくらい。
私としたことが、苛々している。しかし、気持ちの遣り場が見つからない。

「ただ、」

「なんだ」

「お前は思っていることをあまり口に出さないからな。たまにはこうやって吐き出せばいい」

思いがけない言葉に口がみっともなく開く。
後ろを歩いていて心底よかったと思った。

長屋では筒抜けになりそうだしな。外が一番だ。と、無理やり冗談を交じえたような声が言う。

しかしまだだ。
本当に言いたいことはまだ口にしていない。
口に出して理解してしまうのが、嫌なんだ。


怖い。


「俺だって平気で任務をしているわけではない。怖いと思うのは当たり前だろう」

「・・!」

「普通だ。みんなそうだ」


いけ好かない野郎だとはよく思う。よく思うほうが多い。
だが、少なくとも、
1年時から共に過ごしてきた数少ない友だと思っている。

「普通、か」

小さく笑う。

本当に、いけ好かない野郎だとよく思う。
なぜコイツと部屋まで同じなんだと本気で憤りを感じたこともあった。
だが、気付けば共にいた。
その理由が、何となくだが分かったような気がした。

私を支配していた苛立ちは、夕陽とともに静かに消えていった。