温度
「うおーさみーっ」
「お疲れさま」
背中を丸めながら暖を逃さないように腕をきつく組んで現れた留三郎と、きちんと正座をしながら今し方口から離れたのだろう湯呑みを床に置く伊作。
パタンと頼りない音を立てて閉められた戸の僅かな隙間からひゅうと風がすり抜ける。冬の夜の匂い。
「悴んで釘もまともに打てねーよ」
そう言って、口元で両手を絡ませ深い息を吐きかける。
他にも、壁を破壊した犯人である小平太について軽い愚痴を幾つか漏らした。寒いから暖まろうと走り回っていたらつい壊してしまったらしい。
小平太らしいというかなんというか。以前にも同じようなことを遣らかしていた気がする。
「まぁまぁ。はい、どーぞ」
流れるように湯呑みにお茶を淹れ、胡座をかいて座り込む留三郎の前にコトンと置く。
「おお、ありがとな」
湯呑みの暖かさに感動しながら、ひとすすり、ふたすすり。それでもなお手を擦り合わせていると、伊作が不意に口を開いた。
「温めてあげましょうか?」
わざとらしく首を傾げ、掌を見せながら微笑む。
まったく、遊んでるなコイツ。
「それでは、お言葉に甘えて」
なんとなく悪乗りしてみる。冷え切った手を包み込む自分よりも少し色白な伊作の手。
ああ。
「「(やっぱ)」」
「あったけぇー…」
「冷たいよね」
双方とも分かってはいたものの思わず失笑する。
寒さで感覚が薄れているという指先。しかし厚い皮膚の下にはきっと温もりを秘めているのだろう。
手はその持ち主のすべてを物語る。昔から知っているよ、君のことは。
「ほんと何で昔からこんな手なの?」
「こんなとか言うな。俺が知りたい」
着替えるから、と離された手。冷たさはまだ名残惜しく残る。
なんだか腑に落ちなかったので、上衣を脱ぎかけている背中に続けて話し掛けてみた。
「昔よく手繋ぎながら寝たよねー。冷たすぎて眠れないって誰かさんが言うからー」
「おまっ、まだ覚えてたのかそんなこと!」
「僕の中ではちょっとした冬の風物詩だったからね」
自然とそれは消えていったけれど。本当にいつからだったか、ぱたりと途絶えてしまった。
でも、この気持ちを実感するようになったのはそれからだったと思う。
「ふん、じゃあ、久々に寝てみる、か?手ぇ、繋いで…」
ちょっと意外だったものでポカンとしていると、「冗談だ!」と赤らんだ横顔で慌てて否定しだした。知っている。これは彼なりの甘えだ。甘え下手なのも相変わらずだなぁ。
「まったく、仕方ないなー」
ちょうど振り向いてきたのでバチッと目が合う。しかし一拍置くと、どちらからともなくはにかんだ笑顔が零れた。
布団をくっつけて、少しそわそわしながら中へ潜り込む。鼓動が一瞬だけ速くなる。
「うっわ、冷てぇ!」
冷えた布団にまで負けている彼が可笑しくて、「はいはい」と笑い声を含めながらその冷たい手を掴む。
手を通して伝わる体温。自分の温度でこの冷たい手が熱を帯びていく。それが無性に嬉しかった。
また少し風が通り抜ける。先程かいだ冬の夜の匂いが鼻を掠める。いつになく安らかな夜。
些か微睡んでいると、温かくなった逞しい手はさらに深く指を絡めてきて。
いとおしい声が囁くように言った。
「おやすみ、伊作 」
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