※いきなりルームシェア設定
休日は、ふたりで
意識の遠くで鳴り響く電子音。
目覚ましかと思い枕元に転がる携帯に手を伸ばすと、サブディスプレイに浮かんでいたのは「着信」の文字。
兵助は明るさに慣れきらない目を擦りながら受話ボタンを押した。
「…もしもし」
『っ、兵助っ!どうした?何かあったのか?熱か?』
「…あ?何もないけど…?」
いきなり飛び込んできた声とその内容に眉を寄せた。
熱など出てないし、今し方お前からの電話で起きたところなのだか。
『?あれ?4時とかお前が爆睡してそうな時間に着信あったから、変だなって思って…』
八左ヱ門の言葉に促され、自分が何かしたのだろうかと、記憶を手繰り寄せる。
すると、ふと脳裏を過ぎる、うっすらとしたデジタル表記の時刻表示。
俺はこれをどこで……ああそうか、携帯か。
目覚めたばかりで頭の回転が遅い。しかしなぜ4時なんて真夜中に…
「…あ。」
そうだ、
「…思い出した。何か…勝手に押しちまったんだ」
夜中。寒さでぼやぼやと目が覚めてしまい、何か着なくてはと頭を働かせると、確かテーブルの近くにパーカーがあったなと、寝る前の部屋の光景を思い出した。
しかしまだ窓の外は暗く、携帯のディスプレイの時刻は4時過ぎ。何となく電気を点けるのが躊躇われ、ディスプレイの明かりを頼りにその辺りをぶっきらぼうに探ったのだった。
その際、すぐに節電モードに入るディスプレイが鬱陶しく、何でもいいからとにかく頻りに適当なボタンを押した結果、耳に届く、静寂の中にぽつりと浮かんだくぐもったような電話の呼び出し音。
俺は咄嗟に電源ボタンを押した。聞こえたのはワンコールだけだった(ような気がした)し、多分大丈夫だろうというよく分からない確信により、発信履歴を見ることもなく、見つけたパーカーを着込み、再び布団の中へ潜ったのだった。
寝起きで呂律の回らない口をできる限り動かし、ひと通りの旨を伝える。その最中、八左ヱ門からの反応が無く少々不安に感じた兵助だったが、しばらくして届いた微かな動作の音に耳を澄ました。
『…はぁーよかった…何かあったのかと思ってすげー心配した』
ため息のような息遣いが受話器越しに分かる。
詰まったような掠れた声に心臓がきゅっと締めつけられた。
八左ヱ門は自分のことを心から心配してくれていたのだ。
「…ごめん」
常からは想像できないような兵助の素直な言動に、八左ヱ門は明らかに狼狽している様子。
『へっ?いやっ、何もなかったならいいんだ!悪いな、こんな時間に起こしちまって』
「まだ寝てたいだろ?」と続ける八左ヱ門の言葉に、まだまだ薄暗い部屋の片隅に掛かったアナログ時計の針へと目を凝らす。6時を指すまであと半分。気づけば鳥のさえずりさえ聞こえる。
「…八は、今日、試合なんだろ?」
『え?うん、そうだけど』
八左ヱ門は数日前から部活動の合宿に参加している。
大学に入ってまで続けるのかとも思ったが、本人が何とも楽しそうにしているので表面上は気にしていない態でいる。が。
寂しいと思っている本心を、俺は隠しきれているだろうか。
再度零れかけた「ごめん」は胸の中にしまう。今伝えるべきはそんな言葉ではない気がした。
「その、がんばれよ」
自分のせいで試合当日の朝に要らぬ心配をさせてしまった恋人へ、ささやかな励ましの言葉を。
普段ではこんなこと言ってやらないのだが、なんだか今は不思議と気分がいいので。
『お、おお…。……うわ、何か俺今日ものすごく頑張れそうな気がしてきた…!』
確か、今日の試合を最後に八の合宿は終了するはず。
それからは、また八のいる元の生活に戻る。そう考えただけで心が温かいもので包まれたみたいになる。
別に、ここ何日かの生活が嫌だったとか苦だったとか、そういうわけではない。それなりに自由だったし、まぁ学校はいつもあるし、過ごしてみれば案外普段通りに時は流れていった。
それでも、この心の躍りようと言ったらない。
思いの外、俺はこいつに依存してしまっているらしい。
『なぁ兵助、終わったらソッコーで帰るから。待っててな』
「…俺はいつだって部屋にいるけど」
感慨深げに言う八左ヱ門に、待ってるも何も自分たちの部屋なのだから俺が居るのは当たり前だろうと、至極当然の答えを返すと、擽ったそうな、笑みを含んだ声が返ってきた。
『うん…うん、帰ったらとりあえずお前を抱きしめるわ』
「…、…んん?はっ!?」
『明日って休みだよな…一週間分、過ごさないとな!』
「…っ!馬鹿かお前は!んな軽口叩いてんじゃ…」
『俺は至って真面目』
語尾に音符でもついているかのような余裕っぷりに、顔の熱が上がる。「八のくせに」とむかつくものの、このやりとりが電話越しでよかったと心底思った。
こんなみっともない顔を見せたら、八はきっともっと調子づくに違いない。
何も返せないでいると、再び息を吐く音が耳に届いた。
『…まぁ、何もなくてよかったよ。ほんと』
安心感を覚える心地いい低音。このギャップに俺はいつも翻弄されてしまう。
この男が見せる幾つもの顔のうち、おそらく自分しか知らないであろうあの表情で、電話の向こう、微笑んでいるのだろう。
胸の辺りまでもがモヤモヤと熱くなってきたので、それらを掻き消すように口を開いた。
「…うん。…もう寝る」
『おー。二度寝して講義遅れんなよー』
「どっかの誰かさんとは違うから心配するな」
『ははっ、仰るとおりです』
軽い挨拶のあとは、いつものように3秒ほど置いてから電源ボタンを押して。
カーテンの向こうは先ほどよりも僅かに明るみを帯びていた。
ひとつ欠伸をしてディスプレイに目を戻すと「着信あり」の表示。
履歴にずらっと連なる名前はすべて、『竹谷八左ヱ門』。
「…………心配性すぎるだろ」
口から出た言葉の刺々しさと口唇の形は、まったく相反するもので。
たまにはいいかもな、と。
八左ヱ門の提案した休日に思いを馳せながら、兵助は少し冷たくなった布団に再び潜り込んだのだった。
初めての現パロでした
現代たのしいな
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