※「追憶」冒頭部分




 卒業試験の模擬試験期間が始まり、いつもよりもどこか気合いの入った伊作を闇の向こうへ見送った夜。少しばかりの抱擁とその温もりは、今でも鮮明に蘇ってくる。
 伊作の帰還と自分の出発はおそらく入れ違いになるだろうと苦笑しつつ、学園を出発したのが二日前―
 俺が学園に戻って来て、一日が経とうとしていた。

 伊作は医務室から長屋の俺たちの部屋へと移されることになった。というのも、五、六年生の実戦的演習が重なったということもあり、怪我人はいつもの倍以上出ているのにもかかわらず、伊作の様子を前にどこか遠慮してしまうのか、軽傷程度の怪我であると治療を疎かにしてしまう生徒が続出したのである。それを考慮した結果、医務室本来の役割が重視されることになったのだ。しかし、当の保健委員長の伊作のことだ、彼もきっとそれを望んだに違いない。
 布団に入れられ、身体の部位を微塵も動かさず、目蓋も頑なに閉じ、ただ必要な呼吸をするだけの相方を見つめる。そこから目を離さないまま口を開く。
「どれくらいで回復するのでしょうか?」
 新野先生は、昨日からはっきりした返答をしない。否、出来ないのだろう。自分でも、聞いても仕方ないことだとは分かっている。先生だって、俺と同じ思いであることも痛い程感じている。