勢いよく障子を開けると、遅刻した俺に怒鳴り声を上げるとばかり思っていた兵助は、
組んだ腕の上に顔を伏せ、背中をこちらに向け静かな寝息を立てていた。
その横には用意された兵法の書やらにんたまの友。
めずらしい。こいつが居眠りをするなんて。
真面目を絵にかいたような奴だし、授業時間中のこいつは見たことがないし、余りにも新鮮な光景だったもので、しばらく棒のように立ち尽くしていた。
しかし開けっ放しだった障子からの風に吹かれ、はっと気付き、押入れから掛け布団を引っ張り出すと、丸まったその背中にそっと掛けた。
それにしても、人の気配に気付かないって、忍者としてどうなんだ。
苦笑いで顔を覗き込むと、それはもう安らかな顔で少しだけ口を開け、規則正しく呼吸をしている。見慣れない兵助の表情。
…まさか、そんなに疲れていたのだろうか?
もしそうだったとしたら、こいつに試験勉強を見てくれと頼み込んだ自分が、そして大遅刻をしてしまった自分がとても情けない。
兵助は無理をしてまで承諾してくれたのだろうか。
もしかして、今までもそうだったのだろうか―?
「…………」
閉じられた目蓋。長い睫毛。形のいい唇。ひとつひとつを丁寧に目の中へ収めていく。
試験勉強に託けて、実は一緒に居たいだけなんだ、なんて言ったら、お前はどんな顔をするんだろうな。呆れるだろうか、怒り出すだろうか、嘲って笑うだろうか。
「……ごめんな」
肩に掛かった少し癖のある髪に手を伸ばす。艶のある黒髪。絡めると、それはくるんと一回転して指からすり抜け、俺の口は自然と弧を描く。
こんな距離が、今は一番ちょうどいいと思う。
お前はこの気持ちを知らなくていいんだ。俺が勝手に想ってしまっただけなのだから。
…というのは半分嘘になるか。
本当は気付いて欲しくて仕方がない。言葉に出してしまえたらどんなに楽だろうかと、考えてはそれを振り払う繰り返し。
ただ、それが始まりになるのか、終わりになるのか。
臆病な俺は、こいつが側を離れてしまうことを何よりも畏怖しているのだ。
隣で笑っていてくれるなら、自分の気持ちがどうであれ、それだけで十分なのではないか、と。
「…………」
同じように文机に伏せ、再びその顔を見つめる。
畳んだ腕を伸ばし、そっと頬の頂点に触れると、微かだが口の両端がゆっくりと上がった。
その笑みを目蓋の裏に映し、俺はまどろみの中へと落ちていった。
(たゆたう心) → (朝ぼらけ)
ぐるぐる竹谷
竹谷は久々知の笑顔が大好きであってほしい
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